日時:2023年10月2日
会 場:コフィス門前仲町、ZOOM ウェビナー
登壇者:星野佳路氏(星野リゾート代表)、長谷川浩己氏(オンサイト計画設計事務所代表、武蔵野美術大学特任教授)
参加者:208名(登壇者、スタッフ含む)
主 催:(一社)ランドスケープアーキテクト連盟
“星野旅館”から“星のや軽井沢”へ新装する際に設計を依頼した東設計事務所からの助言で、マスタープランの作成にランドスケープアーキテクトを入れる運びとなり、そこから星野リゾートとオンサイトとの仕事が始まっていったそうです。25年前に手掛けた初のプロジェクトにも話が及びつつ、「観光」と「ランドスケープデザイン」の視点から両代表のトークセッションが実現しました。
【星野氏が考えるランドスケープデザインとは】
プロジェクトのスタートとして、敷地に対してまず建物をどこに置くかを決めるのがランドスケープアーキテクトの職能で決まってくるとの考えを星野氏はお持ちで、とくにリゾートの場合は「風景」が大切であり、アプローチから始まる景色を含めて、建物などの配置計画を決めてくれる存在がランドスケープアーキテクトだと考えているとのお話がありました。
客室単価のように一般的にお金で測ることができないランドスケープデザインですが、その価値や予算配分に関しては、全体のプロジェクトコストとしてある程度決まっているものの、内訳は定量的に決めているわけではなく、計画の場所や内容ごとに判断されているという星野リゾートのプロジェクト。仮に数字の感覚が合わなかった際には、時にコンセプトにまで立ち戻って、部屋数や面積などあらゆる計画を見直し、それを何周かさせて計画と数字のフィット感を出してくことも、星野リゾートとオンサイトや東設計事務所など案件に関わるプロジェクトチームの特徴の一つであり、その中でもランドスケープデザインの価値はすごく高いと話されていました。
元々はランドスケープデザインの存在も価値も意識していなかったという星野氏ですが、どのようしてその考えに至ったのか。長谷川氏からの質問に対して、以下のように語られていました。
「長谷川さんたちと一緒に仕事をして、僕が生まれ育った軽井沢の自然がすごく綺麗に見えるようになったんですよね。それまで緑があることに対して憧れもなくあまり価値を感じていなかった環境が、急に私にとっても魅力的な空間になる。空間としての魅力が違ってくるところが、ランドスケープデザインが大事だという気づきでしたし、それを最初のプロジェクトで気づけたのが、私にとって大きかったです」。
星野リゾート代表:星野 佳路氏▶︎
それに対して長谷川氏も、ランドスケープデザインが入って、全然違うものにしてしまうことには疑問を感じており、5%、10%ぐらい手を加える以外の他のほとんどはそこにあったものを活かし、関係性を少しいじることで全然違って見えてくるものだと語られました。星のや軽井沢に携わったときから、その土地が本来持っている魅力で十分に人は呼べると考えており、軽井沢は本当にそこにあるものだけで、特別な景色が見えなくても人が滞在するに値する場所にできるはずだと確信されていたとのことでした。
ただ一方で、ランドスケープデザインが目指す風景を実現するうえで、施設の運営サイドとして現場の苦労もあることを知ってもらいたいと星野氏は話を続けられました。
リゾートとしての癒しやその空間の良さを追求していく際に、例えば照明が少なかったり十分な明るさがないと、特に都会の明るさに慣れたゲストからはクレームにつながることもあるそうです。しかし、薄暮時に月明かりが差し込む瞬間の美しさにすごく圧倒されるゲストも多く、1つのクレームを汲み取ってすべてを明るくしてしまうと、そういった幻想的な情景も提供できなくなってしまう。歩きやすくて転ばない一方で、魅力が落ちて何ら特徴のない空間になってしまう。そういったトレードオフを許容することも必要だと話されていたのがとても印象的でした。
危険が及ぶ場合にはもちろん対策が必要ではあるものの、ビジネス的にも顧客満足度アンケートで20%の大ファンと50%のファンをつくれることが大事であり、その実現に向けてプロジェクトを共にするパートナーとして同じ景色を抱きながら、それに伴う苦労も許容するそのビジネスに対するポリシーや価値観みたいなものが、星野リゾートにおけるプロジェクトの良いコラボレーションをつくっているのではないかと話されていました。
企業が土地を購入すると、その土地から最大の利益を得るための容積の計算式で建物のボリュームがきめられ、残りの予算内で周辺に何ができるかという話になるのが一般的であるようですが、星野リゾートのプロジェクトでは「それでは風景がダメになる」と結局容積を使いきることはないそうです。もう少し客室の容積を広げられないか…と感じる時もある一方で、デザイナーとして譲れない一線をしっかりと明示してくれることに対する信頼の思いも話されていました。
星野リゾートは109年続く日本を代表するリゾート運営企業。収益を上げることだけがすべてではなく、永続できる価値・持続できる魅力・他にない差別化ポイントを追究していきたいという信念をお持ちの中で、しっかりとその価値の創造ができている確信もあると、星野氏と長谷川氏のトークセッションが続いていきました。
【これからの観光、ランドスケープデザインの関わり】
トークセッションが弾む中で時間がなくなる前にと、長谷川氏から星野氏に宛てた質問は、最近のプロジェクトの在り方についてでした。
「長門や川湯温泉、竹富島もですが、星野リゾートの敷地を大きく超えたエリアまで関わるようになってきているのは、持続的にそこでやっていくためにはそれが必要という感覚からなんでしょうか?」
◀︎オンサイト代表:長谷川 浩己氏
それに対する星野氏の回答は以下のものでした。
例えば箱根や熱海などの有名観光地は元々訪れる人のマーケットが大きいので、マーケットから自社施設に泊まる人を獲得することに徹していれば良いものの、来訪者が落ち込み過ぎている川湯や長門などは同じ考え方ができないそうです。まちの旅館の半数ぐらいが廃屋になっていて、温泉地・観光地のブランドのイメージさえもあまりよくない、もっというと誰も知らないような場所においては、星野リゾートだけがいいものをつくってもやっぱり集客しきれないので、エリア全体として魅力を底上げするような施策が必要だと考えているそうです。
“界 長門”が誕生しリニューアルした長門湯本温泉では、川と親水性のあるエリアをマスタープランからつくり込んだ事例をご紹介いただきました。駐車場を散策エリアから離して階段で下りてくると川の周辺をゆっくりと楽しめる、とても良い空間が出来上がっているそうです。その結果、コロナ禍も含めてここ3年間でカフェができ、地ビール屋やバーができて、2022年の秋にはレンタカー屋も入ってきたそうで観光地としての再生が確実に進んでいるとのことでした。(リューアルした長門湯本温泉を楽しむモデルコース)
マスタープランで将来像を示すだけで、地方を訪れる人は増えてくることを確信されたそうで、さらに、そこで事業をしてくれる企業が増えれば、さらに魅力的なエリアになっていく。長門は自治体などの視察希望も多く、東京から離れた地方の再生として、とても良い事例になっていると語られていました。
長い時間軸でみると今、観光地の再編が起こっている可能性があり、こういった知名度の低い観光地こそが、必死に生き残りをかけて様々な施策を始めているそうです。もしかすると何もしなくても人が訪れるような有名な観光地に取って代わり、地方の魅力的に再生した観光地に来訪者が集まる将来もあるのではないかとの星野氏のお話に対し、ランドスケープデザインとしても、隣のまちにはない、その土地ならではの魅力をしっかりと考えて、納得できる提案をしていかないといけないと長谷川氏も話されていました。
魅力ある場所をつくり出した際に、問題の一つとなる可能性があるのがオーバーツーリズム。星野氏より、入場制限や事前予約制の導入、入場フィーを高くして制限を強めた世界的な事例を交えつつ、日帰りや1泊だけの宿泊を断り、しっかりと地元にお金を落としてもらえるような仕組みをつくろうとしているニュージーランドの取り組みなど、大変興味深いお話をいただきました。
コロナ禍を経て “旅行”は消費の中で必需品であることを確信したとのお話が星野氏よりありましたが、オーバーツーリズムや観光地における集客のためのマーケティングの課題、さらには旅行に行かない若い世代がどうしたら旅行してくれるか…
そんなさまざまな課題に真摯に取り組む星野リゾートと、デザインによって魅力を創出していくプロジェクトチームの良いコラボレーションが、また新たな魅力を発信する場所の誕生につながっていきそうです。