実施概要

日時|令和5年3月9日(木)20時~22時
場所|オンライン(ZOOMウェビナー)
主催|(一社)ランドスケープアーキテクト連盟
登壇者|岡嶋 千尋(ランドブレイン(株))、小澤 亮太((同)HOC)、高橋 宏太朗((株)戸田芳樹風景計画)、丹野 麗子((有)オンサイト計画設計事務所)、飛世 翔((株)大林組)、永井 朝樹((株)オオバ)、藤田 浩暢(日本興行(株))
参加者|81名

グリーンインフラをテーマとして、これまで2回のセミナーを開催してきました。ドイツと日本を拠点とする設計事務所「mesh landschaftsarchitekten」やオランダにおいて30年以上の実績を持つ「H+N+S」のゲストの方々をお招きした私たちJLAUは、グリーンインフラが社会から希求される昨今にて、日本においてはどのようなあり方、作りかたこそが実現されるべきかを模索していこうとしています。

ランドスケープアーキテクトだからこそ生み出せるグリーンインフラとは何か。登壇するJLAUメンバーが過去のセミナーを振り返り、気になる事例を挙げながら、向かうべき道をトークセッションを通じて探りました。

Session 1 過去のゲストから得たキーワード整理

登壇者たちがこれまでに企画したイベントや勉強会にて、ゲストの方々から実績やプロジェクトに対する取り組み方を伺ってきました。伺った話を改めて整理し、抽出したキーワードを紹介しました。

三輪氏(竹中工務店 技術研究所)
デンソーという企業のキャンパスや原宿の再開発、宮下パークをご紹介いただきました。各事例に共通して言えることとして、街をつなぐインフラとして整備されたということでした。また、QOLやES(従業員満足度)の強化、地域の失われたコンテクストを発掘、防災・減災、社会基盤としてのアプローチを語っていただきました。マルチファンクションというだけでなくマルチベネフィット(複数課題の同時解決)であることが重要という視点が印象的でした。

オウミ氏(Office Ma)
アメリカでご活躍されている中での実績のご紹介を交えつつ、ASLAが定めるグリーンインフラの定義等を伺いました。ASLAにおいては、グリーンインフラは「ハイパフォーマンスグリーンスペース」と位置づけられており、「自然が有する多様な機能が人工的な環境に与える可能性を理解するための概念的な仕組み」という解釈がなされているとのことです。オウミさんご自身の意見として、人が自然に関わる、改良する時には新たな問題を生み出すが、一方で自然のシステムの中で人の居場所をつくっていく際には、そのバランスの取り方や関係のあり方が重要なのではと語っていただきました。また、ランドスケープアーキテクトの強みとして、プロジェクトフレームを構築することができるという点を挙げていただきました。プロジェクトそのものをデザインするという視点が新鮮に映りました。

丹部氏・中村氏(Mesh Landschaftsarchitekten)
「自然×○○」という考え方をご紹介いただきました。自然に対して編み込んでいく何かを考えていくことが、ランドスケープアーキテクトにとって重要なのではというご意見です。「インフラ」に対する捉え方も印象的で、生きるために必要な機能を持つだけでなく、移民やジェンダー等の課題を扱うデモクラシーの場もインフラの一つという点を伺えました。また、ドイツのランドスケープデザインにおいては、広いスケールでのコンセプトが重要視され、全体にコンセプトが反映された場が作り出されやすいという特徴も知ることができました。

Tilborg氏・Schengenga氏・吉田氏(H+N+S)
H+N+Sの事務所としてのデザインアプローチをまずは伺いました。デザインのプロセスからプロジェクトスケールを理解すること、機能するランドスケープは美しいランドスケープであるということ、自然のプロセスと人間のアクティビティが共に展開できるコンディションを作ること、ランドスケープはプロセスでありプロセスはランドスケープでもあるということという4点が主要な軸になるとのことです。その中で見えてきたのは、Reseach by Designというデザインのために何が必要か、誰が必要かを考えるという概念、プロジェクトを開始する前に協働する他分野の考え方や取り組み方を理解し合いビジョンを共有するという他分野横断における姿勢が重要であるということでした。

Session 2 気になるGI事例から読み解くグリーンインフラとランドスケープアーキテクチャーの関係

お招きしたゲストの方々からの話からキーワードを抽出し、事例を挙げて議論をしていく中で、私たちはグリーンインフラを捉える上で一つのポイントがあるのではと考えました。それが、上記に挙げているダイアグラムです。グリーンインフラ(GI)と言えるか否か、ランドスケープアーキテクチャー(LA)と言えるか否か、その2つの軸をマトリクス化し、各登壇者の気になる事例をマッピングするという試みを行いました。

永井氏:柏の葉アクアテラス
従来型の調整池を、市民が憩える親水空間としてリノベーションした事例です。見るだけの池から触れ合える池としての整備を行いつつ、調整池としての必要な水量を貯留できることを両立しています。従来型の調整地はGI-かつLA-と位置付けられる一方で、当事例はGI+かつLA+であると言えるだろうと考えました。

岡嶋氏:旧高橋家屋敷林・吉野川の高地蔵
人々が暮らしを営むために生まれた「知恵・しかけ・工夫」にGIのヒントがあるのでは、という切り口で事例を紹介します。一つ目の事例は、粉塵を抑えることを目的に作られた旧高橋家屋敷林です。明確に機能を実現することを目指して作られたものでありつつ、現在は地域の人々を巻き込んだ保全活用や季節の自然と触れ合うイベントが実施されています。2つ目の事例は各地における水への祈りや祭りに関するものです。四国の吉野川下流域では水害の度に人が亡くなっていたという歴史があります。水の恐ろしさを後世に伝えるため、水害時の水位の高さに台座が盛られた地蔵が数多く設けられています。今でも地蔵には供え物がなされ、地域の人々に根付いています。旧高橋家屋敷林については、時代の流れに合わせて人の関わり方を変え、人が自然とうまく付き合うための場になっていると考えGI+、LA+と位置づけました。高地蔵については、GI-、LA-と位置付けましたが、自然と向き合い暮らしを営んできた人々の心はGIを形作る要素、ヒントになると思われます。

高橋氏:竹炭の取り組み
決まった敷地があるプロジェクトではなく、自然の材料を活かした技術とその取り組みの紹介です。里山の荒廃により竹林の竹が流出し河川に堆積してしまう問題を、解決しようとする取り組みです。伐採した竹を燃やして炭にし、土壌に埋めるということを行います。埋めることで土中環境を微生物の棲みやすくする、雨水の浸透性を高める、その結果として樹木の成長を促すという効果があります。生態系や景観を豊かにするこの取り組みは、LAやGIそのものではないのですが、専門知識のない人でも参加できるGIに繋がる取り組みです。

小澤氏:高千穂のキャンプ棚田・多摩三浦丘陵広域連携トレイル・薬師寺公園
これまで登壇メンバーで議論した中で、GIは多角的な側面があると認識しました。GIを広く捉えた事例紹介として、一つ目は休耕時の棚田を活用した高千穂のキャンプ場です。キャンプ場を運営した収益で棚田を維持していくという取り組みがなされています。ランドスケープアーキテクトが関わっておらず場に対するデザインがなされているとは言い難いため、LA-として位置付けました。一方で棚田が元々持つ貯水機能は備えているので、GIの要素を持っていると思われます。2つ目は緑や水景をつなぐ既存の道を広域連携トレイルとして位置づけた多摩・三浦丘陵の事例です。自治体を横断するネットワークを作り出しています。既存の道を使うためデザインがなされた事例ではないのですが、市民参加のワークショップで地域との関わりを作りだしています。そのため、LA+かつGI-という位置づけとしましたが、これからGI+の方向に向かっていくのではと思われます。最後に紹介するのは町田市にある薬師寺公園です。単に場所をデザインしたのではなく、丘陵景観をどのように維持していくかという広域的な視点がある事例となっています。GI+かつLA+と位置づけましたが、今後さらに発展していく長期的なプロジェクトであり、よりGIとして価値を高めていくと思われます。

丹野氏:カナドコロ・深大寺ガーデン・横浜市白根地区における市民参加型GI計画
生活環境における事例を紹介します。1つ目はカナドコロという空地を維持管理しながら市民が使える広場として整備した事例です。樹皮マルチングを敷き雨水の保水を促し、パーゴラや菜園、レイズドベッドを配置しワークショップやイベントを行っています。2つ目は深大寺ガーデンという生産緑地を活用したプロジェクトです。賃貸住宅やレストランが設けられ、レインガーデンやエディブルガーデンが作られています。緑地は塀を作らず周辺に開かれており、住宅の価値も向上させています。両者ともGI+、LA+と位置付けました。最後は市民参加でインタレストマップを創り上げた横浜市白根地区の事例です。マッピングを経て、ビオトープのビジョン形成が行われました。計画途上ではあるのですが、具現化していく中でGI、LAとしての価値を高めていくと思われます。

飛世氏:千葉県館山市・鴨川市の防波堤
みなさんと一緒に、これはGIと呼べるのかと議論したい事例を取り上げました。一つ目は館山市の自然石を組んで造られた防波堤です。機能としては、隣接する砂浜を守るために整備されたと考えられます。組まれた石と石の隙間に生き物がいて、防波堤の突端まで歩くことで海をダイレクトに感じるレクリエーションの場としても成立しています。2つ目、3つ目は鴨川市のコンクリートで作られた防波堤です。コンクリートで作られてはいるものの天然の岩場とハイブリッドな形になっていたり、地域住民の遊び場になっていたりもします。4つ目は同じく鴨川市の防波堤です。浜から引いた位置に一列に並べられた岩に美しさを感じます。波を防ぐという機能を実現するために造られたものではあるものの、デザインされたものとしての側面があるのではと思えます。一つ目はLA+とは言えると思いますがGIと言えるかは確信が持てずでした。その他の3点は一つ目に比べるとデザインの意図は見えずLA-に近づく方向として位置付けました。

藤田氏:雨水貯留ブロックを用いた世田谷代田駅
GI事例に用いられている材料と用いた場所の紹介です。雨水を循環させるというビジョンを持った製品を扱っています。貯留貯留を空隙のある舗装ブロック等によって実現しています。浸透を促すための杭状の材料も扱い、点、線、面といったバリエーションのある雨水浸透、雨水循環を図っています。

Session 3 ランドスケープアーキテクトであるからこそ実現できるグリーンインフラとは

セッション2で事例を挙げてマトリクス化したGIであるか否か、LAであるか否かという着眼点に基づき、我々ランドスケープアーキテクトが実現できることとは何かという点について意見交換をしていきました。

丹野氏:グリーンインフラとは何か、はじめはよく分かりませんでした。そこで、何がグリーンであるか何がインフラなのかを紐解いてみることとしました。グリーンであることは「自然や生態系の力を活かすこと、自然や生態系を破壊しないこと、回復すること」だと捉えました。一方でインフラであることは「人の生存を支えること(飲み水を得る、災害の被害を減少させる等)や人の生活をより良いものとすること(社会、文化、コミュニティ、美しく快適、健康等)」と捉えています。インフラは自然の力を利用して統合的に扱い実現することでグリーンインフラになるのではないでしょうか。グリーンインフラを実現するにあたっては、場所や地域の環境を読み解いたり、社会や文化を読み解いたり、様々な領域の専門家と協働したり、経済性や具現化のための技術を検討したり、持続するための仕組みを検討したりするというランドスケープアーキテクトの職能の持つ力が有効だと思います。

岡嶋氏:ランドスケープアーキテクトはどんな能力を持っているかという観点で考えてみました。最も大きな能力は「広域で見る・領域間をつなぐ」という点だと認識しています。一方、インフラについては「自然の恵みと脅威の中で生きていくために必要な仕掛け」と捉えています。それらを掛け合わせて作られるものがグリーンインフラであるのではと考えました。自然の恵みを享受する上でも、脅威を柔らかく受け止めいなす上でも、自然環境が持つ多様な機能を理解しつつ、河川の流域のような大きなスケールでつながりを読み解くことが必要だと思っています。そこで忘れていけないのは、自然環境とこれからの暮らしというレイヤーの間に、これまで生きてきた先人による暮らしの知恵と工夫を活かすことや、時間軸という概念を差し込むことなのではないかと考えています。

高橋氏:紹介した竹炭と同じく、GIに関連する技術や取り組みは気づいていないだけで他にもたくさんあるのではと思います。ガーデニングや庭先の畑にも通ずるものがあるのではないでしょうか。私たちランドスケープアーキテクトがそれらの取り組みを抽出し、対象とする場に紡いでいくことが求められるのだと考えています。それによってランドスケープアーキテクトにしかできないグリーンインフラというものが、結果としてできていくのではと思います。ただし、採用する技術や取り組みについては、取捨選択を行うことも我々には求められると考えています。

飛世氏:海浜部の防波堤を挙げて考えたのは、グリーンインフラは一つの取り組みで2つ3つ、それ以上の効果を発揮する一石n鳥の場であるということです。使われていない土地にしろ、既に手を加えられた土地にしろ、なんらかの形で改編を行う場合、今後推移していくであろう背景がポイントになると思われます。それは、少子高齢化やそれに伴う人手不足、気候変動による災害の多発等です。コストがかかる頻度は高まりつつもリソースは減るという状況のため、最小限の力で最大限の効果が求められていくことになるはずです。そうなると、ランドスケープアーキテクトの持ちうるスキルや知識こそが、結果的にたまたま実現するのではなく狙った形でマルチベネフィットを実現し、グリーンインフラという一石n鳥の場をつくり得るのではないかと思っています。

小澤氏:一般的な棚田も紹介した高千穂の棚田も、これはグリーンインフラであるとは思いませんでした。棚田である時点で貯水機能や生態系を多様化する機能は持っていますし、キャンプ場という活用方法を与えて棚田を保全する仕組みも有効であるとは思います。ただし、グリーンインフラと呼ぶには広域的なプランニングの発想が必要だと考えています。高千穂の棚田に、例えば下流の街への災害緩和や山並みの景観保全や生業創出のプロジェクトフレームがあれば、グリーンインフラと呼べるものになるのではないでしょうか。一方で薬師寺公園は、プランニング、デザイン、オペレーションが全て揃っており、私が思うグリーンインフラに必要な要素が展開されていると感じました。新しく生み出す場や既存の場にLAが関わることで、プロジェクトのフレームを構築し、グリーンインフラとしての熟度を見直し高めることもできると思われます。

参加者からも質疑が挙がり議論をより深めることができました。結論を提示する場ではありませんが、登壇者や参加者にとってグリーンインフラを捉え直すきっかけになったと思います。視聴者の皆様、ご参加ありがとうございました。

(文責:技術委員会 飛世 翔)

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